#介護って(5)... #奇跡の腸内物質スペルミジンで長生き認知症も防ぐ... #オートファジー活性化効果...
遺伝学者も驚いた
アメリカ・テキサス州のカレッジステーションにあるテキサスA&M大学。
19世紀に開学した、同州で最も古く由緒正しい学校。
クラシカルな建物が並ぶキャンパスの一角に、真新しい設備が集約された施設がある。
中に入ると、いくつかの研究室が連なり、どの部屋にも顕微鏡がずらりと並んでいる。
今年の春、この中のひとつのラボで、あるチームが実験を行い、その驚くべき結果がアメリカの学術誌『キャンサーリサーチ』に掲載された。
チームの一員だったルユアン・リュウ博士は、がんの予防などについて多数の論文を発表している遺伝学者だ。
リュウ博士が、この春の興奮を振り返る。
「実験の結果を見た時、研究チームのメンバーたちは歓声を上げ、手を叩き合って喜びました。なんといっても、生物に宿命づけられた『老化』を遅らせるための有力な手掛かりが見つかったのですから」
同大学のチームが示した結果は衝撃的だった。鍵となったのは、「#スペルミジン」という物質。
詳細については後述するが、結論を先に言えば、実験用のマウスにこのスペルミジンを投与することによって、なんと約25%も寿命が延びることがわかったのである。
2017.9.28
「にわかには信じがたいかもしれませんが、これは、人間に換算すると、80歳まで生きていた人の寿命が、100歳に延びるということです。
現段階の我々の研究では、マウスに限った話ですが、人間にも効果がある可能性は高い。
いま、アメリカ国立老化研究所は、老化防止のために摂取カロリーを減らすことなどいくつかの重要な項目を挙げていますが、スペルミジンの摂取は、それに匹敵する要素となることも考えられます」(リュウ博士)
身近な食品にも含まれるこのスペルミジンという物質は、細胞や血管などに影響を与え、老化を防ぐ力を秘めているとして、いま注目を集めている。それだけではない。さらに、認知症を防ぐ効果があるとも考えられている。
「健康長寿」の切り札とも言えるこの物質の存在は、少なくとも20世紀はじめ頃から確認されていた。
精液を構成する物質として知られ、その名称も精液=spermaに由来している。
だが、近年になって、健康長寿効果を示す研究が次々と発表されてきた。
いったい、どんな物質なのか。
日本にも、スペルミジンの研究を進めている人物がいる。
乳製品メーカー「協同乳業」の研究所に所属する松本光晴氏である。
本誌は、松本氏が研究を行う、東京都西多摩郡にある研究所へ向かった。
ーースペルミジンは、どんな物質なのですか?
「少しややこしいのですが、スペルミジンは、『スペルミン』や『プトレッシン』などとともに、『ポリアミン』と呼ばれる物質のひとつとして知られています。これらポリアミンは、すべての生物の細胞の中に存在している。
細胞分裂を助け、細胞の状態を正常に保つ働きを持つ重要な物質です。
このポリアミン、もちろん人間の細胞にも、生まれた時から存在し、その後も細胞内でつくられているのですが、年を取るにつれて、その量が減っていくことがわかっています。
だから我々は、ポリアミンを合成する(つくる)能力が衰えることが、老化のスタートなのではないかと考えているのです。
一方で、ポリアミンを多く含む食品を食べたり、腸内細菌にポリアミンをつくらせたりすることで、補充することもできます。
スペルミジンは、ポリアミンの中でも特に研究が進んでいます。
近年、世界中で多く長寿化に関する研究成果が出てきており、注目が集まっているのです」
つまり、スペルミジン(ポリアミン)が減ると老化が進む、増えると老化が緩やかになるということ。人間の老化の根本には、スペルミジンが関わっているのである。
健康長寿で知られる人物の腸内を調べると、スペルミジンがたくさん見つかるケースが少なくない。
細胞がきれいになる
松本氏は、今年8月に放映された健康番組で、「きんは100歳、ぎんも100歳」で知られた、ぎんさんの五女・蟹江美根代さんの便を調べる機会があった。
「蟹江さんは現在93歳ですが、いまも自転車に乗って買い物に出かける非常に元気な方です。この方の便中に含まれるスペルミジンは、平均のおよそ2倍もあったのです。驚きました」(松本氏)
スペルミジンがすごいのは、先述したとおり、その効果が、ただ単純に寿命を延ばすことだけに留まらない点だ。
記憶力、学習能力を維持する効果、すなわち、認知症の予防も期待されている。
認知症を患うことなく長生きできるという都合のいい話ーーいったいどんな仕組みなのか。
スペルミジンが認知症を予防するのには、いくつかの現象が関わっているが、近年注目を浴びているのは、大隅良典・東京工業大学栄誉教授がノーベル生理学・医学賞を受賞した際にも話題となった「#オートファジー」だ。
白澤抗加齢医学研究所所長で医学博士の白澤卓二氏が解説する。
「オートファジーとは、シンプルに言うと、細胞の中の古くなった『ゴミ』を処理する働きのこと。これによって、細胞の中はきれいになり、細胞自体の寿命が延びると考えられています。
スペルミジンには、そのオートファジーを活性化する効果があるのです。
脳の神経細胞は、記憶や学習といった機能をつかさどっていますが、ここにゴミがたまれば、その機能は損なわれていきます。
逆に言えば、オートファジーによって脳の神経細胞をきれいにしておけば、認知症の予防になるということ。スペルミジンはオートファジーを促進することで認知症を予防しているのです」
記憶力、学習能力の維持に効果があるという実証研究の結果も出ている。
前出の松本氏が続ける。
「私たちは、『サイエンティフィック・リポーツ』誌にこんな研究を報告しました。
まず高齢のマウス(人間で言えば50歳程度)を2つのグループに分けます。
片方の集団のマウスには、腸内ポリアミンを増やす物質であるビフィズス菌とアルギニンを投与し、もう一方にはそれを与えない。
それを6ヵ月(人間では70歳程度まで)続け、その後、迷路を使った実験でマウスの学習・記憶力の差を調べると、前者のほうが、成績がいいことがわかったのです。
まだ研究は必要ですが、個人的には、人間の認知症予防にも有効な可能性があると思います」
スペルミジンが人間の老化を防止するのに有する機能は、これだけではない。
スペルミジンは、オートファジーとは別のメカニズムで、多くの人を悩ませる動脈硬化を防ぐ。鍵になるのは、スペルミジンの「炎症を抑える」働きだ。
動脈硬化は、血管の内側の傷ついた部分に白血球などがくっついて炎症を起こし、血管が硬くなったり狭くなったりする現象だ。
血管が狭くなることで血圧は高くなり、ひどい場合には脳梗塞や心筋梗塞にもつながる。
がん予防効果も
松本氏が言う。
「高齢になると、それまでは弱い程度で終わっていたはずの炎症が、慢性的なもの(慢性炎症)になってしまいます。それが動脈硬化をはじめとする『老年病』を悪化させてしまうのです。
スペルミジンなどのポリアミンは、この慢性炎症を抑制する働きを持っています。
つまり、体内でポリアミンがつくりにくくなった後でも、食事からポリアミンを摂取することなどによって、動脈硬化を予防できると考えられるのです」
昨年、パリ第5大学医学部のグイード・クローマー教授らが発表した研究結果によれば、イタリアのブルーニコという地域で約800人を対象に、どんな食品をよく食べているかを調査したところ、スペルミジンの摂取量が多いほど、心不全などの心血管系の疾患のリスクが低いという関連性が明らかになったという。
特に男性でその傾向は顕著だった。
心臓、血管が丈夫であることは、高齢者にとって極めて重要なことだ。
地域医療振興協会練馬光が丘病院の院長である川上正舒氏が言う。
「人間の若々しさというのは、いくつか考え方がありますが、血管が健康に保たれていることが非常に重要です。血管が古びず、しなやかであり続ければ、血液が体中によく巡り、新鮮な酸素が隅々の細胞にまで行きわたります。
その意味で、血管の炎症を防ぐスペルミジンは、人間が若々しくいられる効果があると言えるでしょう」
ここまででも、スペルミジンの威力が十分おわかりいただけたと思う。
しかし、この物質は、まだまだ大きな可能性を秘めている。
スペルミジンは「究極の病」がんも予防しうるのだ。
冒頭に登場したテキサスA&M大学のリュウ博士が解説する。
「そもそも我々が行った研究は、マウスが、肝臓がんになる可能性を低くするためのものでした。内部にゴミが増え、損傷した細胞は、がんなどの腫瘍になるリスクが高い。そこで、オートファジーを活性化させれば、がんを防げるはずだと思ったのです。
鍵となったのが、#MAP1Sという物質。
これを増やせば、オートファジーが活性化するとわかっていた。
このMAP1Sを増やすために有効だったのが、スペルミジンだったのです。
そして最終的には、先ほど言ったとおり、スペルミジンの投与によって寿命が延びました。そして同時に、がんの可能性も低くすることができたのです」
様々な効果を持ち、もはや「奇跡の物質」と言っても過言ではないスペルミジン。
特筆すべきは、体内でこの物質を増やすために、特殊な運動をしたり、入手困難な食べ物を食べたりといった、特別難しいことをする必要がない点だ。
スペルミジンが多く含まれる食品を食べれば、小腸で吸収され、血中に入り、血液に乗って全身の細胞に運ばれる。
スペルミジンを合成しやすくする食品を食べれば、腸でスペルミジンがつくられ、やはり血液に乗って全身をめぐっていく。
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