増える“ #原因不明死 (#異常死) ”

「教えていただける範囲で。男性ですか?」

和歌山県立医科大学 近藤稔和教授

「はい、男性です。」

「事故ではない?」

和歌山県立医科大学 近藤稔和教授

「違うと思います。通常どおりの生活をしていて突然ということですから。

(亡くなったところを)誰も見ていないということで。」


亡くなったのは、1人暮らしをしていた30代の男性。

警察は事件性はないと判断しましたが、死因を詳しく知りたいという両親の希望によって、解剖が行われることになりました。


3時間後、執刀を終えた近藤教授が出てきました。

和歌山県立医科大学 近藤稔和教授

「病気は病気なんだけれど、おそらく心臓かと思うけれども。」


その後、男性の遺体から採取した血液や臓器の組織に対し、さらに詳しい検査が行われました。

和歌山県立医科大学 近藤稔和教授

「心筋梗塞とかに代表される、急性の虚血性の変化がある。年間の約半分はこういった突然死で亡くなられた方の解剖ですね。」


今、この男性のように詳しく調べないと死因が分からない「異状死」と呼ばれるケースが増えています。


原因が分からず、突然、家族を失った遺族の悲しみ。

小学校に上がる前の幼児が亡くなったケースでは、死因を納得するまで調べて初めて、両親は子どもの死を受け入れることができたといいます。

近藤教授は、残された家族が気持ちを整理するうえで死因の解明は重要だと指摘しています。


和歌山県立医科大学 近藤稔和教授

「ご家族の方から説明を求められることが結構ありますので。

特に若い方ですね、若い方が亡くなったり、赤ちゃんから小児、そういう場合はご家族もやっぱり突然ですからね。解剖をするからには必ず死因を明らかにする。」


内閣府が5年前に行った調査では、家族が亡くなった場合、およそ97%の人がその原因を知りたいと答えています。
明確な死因の究明を求める国民が大多数を占めているのです。


“原因不明死”の解明 医師が足りない

遺族の心の整理にとても重要な死因究明。

ところが今年(2015年)4月、青森県でそれが滞る事態が起こりました。


弘前大学では、昨年度2人いた解剖医が相次いで県外の大学へ転出。

弘前大学 医学研究科 亀谷禎清事務長

「これなんですけれども。」

大学では全国に募集をかけましたが、応募は1件もありませんでした。

弘前大学 医学研究科 亀谷禎清事務長

「法医学関係の先生が少ないとは聞いていましたけれども、こういう結果が出たかというような、非常にショックだった。」


なぜ解剖医が集まらないのか。

今回、医学部のある全国の大学にアンケートを行ったところ、75%の大学が人手が足りていないと答えています。

その理由として述べられているのは、休みもなく日々の大学の業務を行いながら執刀しなければならない過酷な労働環境。

そして開業医と比べても3分の1ほどの収入にしかならないことなどが、なり手不足を招いているのです。

青森県に解剖医がいなくなったことで大きな影響を被ったのが、犯罪捜査を行う警察でした。

青森県警では事件性を疑われるケースですら解剖が滞り、捜査が進まない可能性が出てきたのです。


青森県警察本部 捜査第一課 見世明久次長

「驚きました、そういう事態になるとはまったく想像もしていなかったので。

解剖をしっかりしなきゃいけないという意識があるので、とにかく解剖先を新たに探さなくちゃいけないというのが1番でした。」

そこで青森県警は、隣の秋田や岩手の大学に遺体を搬送し、解剖を依頼することにしました。

しかし、依頼先も引き受けることは容易ではありませんでした。


岩手医科大学の出羽厚二教授です。

「今日は2件ですか?」

岩手医科大学 出羽厚二教授

「今日は3件です。青森2件、岩手1件です。」

岩手に加え、青森からも送られてくる解剖案件。

責任感からすべて引き受けていますが、その負担は大きいといいます。


岩手医科大学 出羽厚二教授

「余計な負担ですね。

お互いさまなところがありますのでしょうがないけど。」

年間150体前後の解剖を行うこの大学では、出羽教授を含め2人体制で執刀してきました。

しかし、死因究明は解剖だけでは終わりません。

その後の組織検査など時間を必要とするものもあります。

年々増え続ける解剖数に加え、青森の事例まで引き受けたことで、細かな検査まで手が回らなくなっているといいます。


岩手医科大学 出羽厚二教授

「検査の精度が低くなる。やるべき検査をやらないという可能性を本当は防がないといけないんですけれども、そういうことも起こりうるかもしれません。」

※解剖医が不在になった青森の弘前大学は、新たな法医学の教授のもと、解剖が再開できるようになったということです。

増える“原因不明死” 解明はなぜ重要か

ゲスト久保真一さん(福岡大学教授)

●解剖医の負担増加、どう感じる?

この10年間の間に、先ほどご説明があったように、亡くなる人の数は3割増えています。

でも一方で、われわれが解剖している数は7割増えているという現状です。

私は福岡で教授をしている大学の人間ですけれども、福岡の大学においても、10年前に60ぐらいだったものが昨年(2014年)は131、福岡の分も増えていますが、昨年は佐賀大学が解剖ができなかったために、半年間、佐賀の分も引き受ける、先ほどのあの岩手の先生がおっしゃっているような現状もあり、そういうふうにしてみんなで支え合いながら、やってるんですけれども、やはり負担が増えているのはもう間違いないことです。


●異状死の死因究明 実際に調べてみて初めて分かることは多々ある?

そうですね。

例えば、亡くなった方の原因不明死を解明しなければいけないベースには、1人暮らしの人が増えて、なぜ死んだか状況が分からないということもあります。

でも、家族と住まわれててもライフスタイルが変わってます。

深夜勤務明けで体調不良で帰ってきて、亡くなった。

調べてみると、実はカフェイン中毒だった。

その原因は、眠気覚ましのお薬をドリンク剤のようなもので飲んでたとか、あとは現在の状況が反映したように、例えば高齢のお母さんを連れて、病気がちの娘さんが心中した。

でも、解剖して薬物分析をしてみると、お母さんは持っていないお薬、娘さんが持っている薬をたくさん飲まされたうえで亡くなっているとか、そういうふうにして生活のパターンが変わってますので、正確な死因調査というのが必要な事例が増えてきているというのが現状です。


●異状死で必ず死因究明が行われるのは「犯罪」「犯罪かどうか不明な例」 このケースが増えている要因は?

1つはここにありますように、犯罪が明らかであれば、これは警察が犯罪捜査として行うことになりますが、大事なのは犯罪かどうか分からない、不明っていう部分。

それと犯罪とは関係ないっていう部分のボーダーが難しくなっているということです。

例えばこれから暑い夏になってきまして、そして熱射病、高齢者、1人暮らし、熱中症。

熱中症で亡くなったとしまして、そのまますぐに病院に運び込まれたりすると、もう犯罪ではないと分かるんですが、残念ながら、1人暮らしで発見が2日、3日遅れますと、これはもう犯罪死と関係ないということが最初の段階で分からなくなります。

そうすると、犯罪かどうか不明ということで、こちらのほうにご遺体が回ってくるということになります。

そうすると、本来われわれにとってみると、犯罪と関係ないものはほかの制度で解剖すべきところが、われわれの警察が取り扱う死体になってきて大学に運ばれてくるということで、増えていくというところもあります。


●大学では死因究明が増えれば増えるほど負担も増える?

残念ながら、われわれは大学で仕事してますので、やっぱり教育と研究というのも1つの大きな部分ですので、こちらの負担が増えてくるというのは、大学人としての負担に圧迫するということになります。


●異状死のうち死因究明されているのは11.2% 何が人員の面で厳しい?

やはり、死因究明に当たる人間というのが、大学の教員である人たちに任されているので、1つは、大学が各県に1つずつはありますけれども人口規模に任されてないので、人口が多い都道府県で大学が1つしかないところでは、それだけ負担が多くて、死因究明すべき解剖が実施するのが、負担が大きいというところがあります。

そこを改善すればと思います。

(人口が多く、異状死の数がそれに伴って多くても、大学が1つしかないところでは死因究明の割合もおのずと減ってくる?)

そうですね。


どこが担うべきか “原因不明死”の解明

人口950万のスウェーデン。

この国では死因究明を専門に行う行政機関が設けられ、解剖率が9割近くに達しています。

「こちらが法医学研究の中心です。」

ここでは解剖医の数も充実しています。

100万人当たりの数は5.4人。

日本の4倍の手厚さです。

ほかにも、執刀のあとで行う検査の専門家も増やし、精度の高い調査を可能にしています。

しかし以前はこのスウェーデンでも、忙しさのあまり若い医師たちが長続きせず、解剖医不足に悩んでいました。


そこで6年前、政府は解剖医を増やすプロジェクトを立ち上げました。

人員を確保するために予算を3億円増額。

また、離職しないように労働環境を改善。

就業時間の20%を、興味のある研究など解剖以外の業務に充てられるようにしました。

その結果、解剖医の数は6年間で25%増えました。

こうしたことができたのも、死因究明を専門に扱う国の行政機関、「法医学庁」があるからです。

法医学庁は、法務省の下で全国6つの地方支部を束ね、人員や予算、情報などを一括して管理しています。


法医学庁 コンサルタント マルティン・ツァトロス医師

「中央で全国を把握する組織があることはとても重要です。

それがあるからこそ各地で同じ対応ができ、死因究明の質を維持できるのです。」

一方、日本でも死因究明を推進する体制作りに乗り出しています。


内閣府 死因究明等施策推進室 中澤貴生参事官

「これ、第1回ですね。」

3年前、内閣府が中心となって検討会を発足。

関係省庁や医師たちによって話し合いが行われてきました。


内閣府 死因究明等施策推進室 中澤貴生参事官

「国民の安全安心につながるものであるということが、死因究明の1番大切なところだと思う。

他の省庁との関係であるとか、自治体との関係であるとか、トータルで考えていかないといけない。」

会議では当初、医師たちから死因究明に特化した行政機関の設立を求める声が上がりました。

この提案をした千葉大学の岩瀬博太郎教授です。

解剖医である岩瀬教授は国に対し、踏み込んだ施策を望んでいました。

提案したのは、各省庁が予算を出し合い死因究明の体制を統括する組織を作ることでした。


千葉大学 岩瀬博太郎教授

「(各大学の)各法医学教室がばらばらに運営されていて、質もばらばら。

働く人の給与をどうするんだというのもまったく指針がないので、こういう機構を作って、しっかり責任をもってそういう人を集めるとか、質を担保するということをお願いする案。」

しかし、これに対し各省庁は、現在の役割を大幅に超える支援は難しいと意見を主張しました。

文部科学省

“支援をすることができるのは、あくまで教育研究に関する部分”

警察庁

“死因がはっきりしないものを全て警察がやっていくものではないだろう”

厚生労働省

“国として全部引き受けてしまうというのは制度的に難しい”

結局、岩瀬教授たちの提案は合意されることなく、2年間の話し合いは終了しました。


国が打ち出した方針は、新たな死因究明のための組織を作るのではなく、地方ごとに今の制度を使いながら議論を深めてほしいというものでした。


千葉大学 岩瀬博太郎教授

「バラ色な将来を夢見て会議に参加したけれど、今は逆ですよ。

今のうちにちゃんとしておかないと、(人手不足から)復活するのに相当時間がかかってしまう。」


誰がどこまで担う “原因不明死”の解明

●死因究明に特化した行政機関を作ることは実現せず 改善の方向には向かうか?

私も2年間、この内閣府の会議に出てきておりますが、各省庁は、これまでやってきたこと、今できることを充実させる、例えば警察は検視官を増やす、臨場率を上げて犯罪死の見逃しを避ける、厚生労働省は死因究明のためのCTの撮影の経費を出す等々、取り組みはしていますけれども、われわれが本来望んでいた抜本的な対策というのには行き着きませんでした。

現在、7人に1人が死因究明を必要とする人材、人数となりますが、今後、ライフスタイルとか高齢化が進みますと、これが5人に1人になるかもしれません。

そういう意味では、ここを別にした特別な制度と、専門的な死因究明の組織、機関がいると考えております。

(大学ではどちらかというと、「犯罪」「犯罪かどうか」というところに力を集中したい?)

そうですね。


やはり、公正中立な学問の府とする大学に犯罪捜査を任せると。

一方で、犯罪とは関係ない厚生労働的な保健行政的な部分を別にするというところを、私どもは望んでいるところです。


●今、手だてを取らないと間に合わなくなるという話もあったが?

そうですね、現在いる教授の方々も、定年を迎えることになります。

それを補充するためには、それだけの能力があったら経験・研究・教育の業績を積んだ人材が必要となりますが、この忙しい中で業績を積むことが難しいという現状もあって、われわれは危惧しております。


●7人に1人が異状死という現実 一般の目からどう受け止めるべき?

そうですね、最近、「終活」ということばもあります。

自分がどう死に方を選ぶのか、家族の死をどう迎えるかということをいわれてますが、7人に1人が、先ほどお話ししたように5人に1人になるかもしれません。

身近なものだと、私は考えています。

皆さんと一緒に考えていただければと思っております。

(もし自分の家族が異状死した場合、その死因が分かる体制?)

そうですね。

調べてもらいたいときには調べる方法があるという体制作りを、強く希望しております。



NHKクローズアップ現代「増える“原因不明死”~死因解明が追いつかない~」

2015年6月2日(火)

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