#自殺する人は「最後の瞬間」や「生き残ったとき」に何を思うの? 【 #尊厳死 】
世界では約40秒に1人、自ら命を絶っている……。
これは2014年に #世界保険機構(WHO) が発表した「 #世界の自殺者の数 」。
毎年約80万人にも上る。
命を絶つことを決心したとき、人はどんな苦しみや思い、葛藤なんかを身の内に抱えているのだろうか?
今回は、海外サイト #Reddit にて #自殺 で生き残った人々が告白した「 #最後の瞬間に思ったこと 」をご紹介したい。
その1:「命を絶つことすら出来ないのか」
自殺するとき「ごめん……なぜ僕はこんなにも惨めなんだ」と思った。
そして自殺を失敗したときは「お前は、自分の命を絶つことすら出来ないのか!」と思った。
その2:「飛び降りた瞬間に後悔した」
人が高さ15メートルの橋から飛び降り自殺をはかった。
運良く助かったんだけど、飛び降りた瞬間の気持ちをこう話していた。
「僕は人生に絶望して自殺を決心した。橋の上に立ち何分間か、両親など、自分がガッカリさせてしまった人たちのことを考えていた。でもイザ飛び降りた瞬間、ものすごく冷静になって、すぐに自分の行いを後悔した」。
その3:「すぐに病院に行かなきゃ!」
大量の #睡眠薬 を飲んだ瞬間に、「すぐに病院に行かなきゃ!」と思った。
パニックに襲われて、体の「生きなきゃ」という本能的な衝動が、「死にたい」という意志に勝つのが感じられた。
その衝動に感謝している。
その4:「やっとだ」と思ったけど……
「やっとだ」。
そう思って、僕は拳銃自殺をはかった。
でも回転拳銃に弾を1つだけ装填して、引き金を引いたところ不発に終わったんだ。
複雑な気持ちになったよ。
その5:「母が一人ぼっちになってしまう」
自殺から生き残った後、「母を独りで残していく訳にはいかない」と思ったよ。
以来、母とはより良い関係が築けるようになった。
その6:「誰か、助けてくれ」
「誰か、俺を助けてくれ」。
頭に銃を突きつけながら、そう思った。
その7:「思い知らせてやる」
自分が死んだら、いじめっ子が罪悪感を感じると考えたんだ。
だから「奴らに、思い知らせてやる!」と思って自殺しようとした。
もしもイジメを目撃したら、止めに入るか、先生や大人に知らせてほしい。
そうすれば救える命だってあるはずだ。
その8:パニックになった
箱いっぱいの #鎮痛剤 を飲んで、僕は自殺を試みた。
それまで落ち着いていたのに、薬を飲んだ瞬間に後悔の念に襲われた。
パニックを起こしかけて、助けを求めて人を呼びに行ったんだ。
あれから3年経ったけど、「自分が死んでしまっていたかもしれない」と考えると今でも怖くなる。
その9:「僕の人生は最高だった」
10代の頃、5年間つき合ってきた彼女が、僕以外の男子全員と寝ていたことを知った。
「彼女に思い知らせてやる」と、僕は手首を切ったんだ。
そして10メートルの高さの窓から、コンクリートの地面に向かって飛び降りた。
その瞬間、「僕の人生は最高だった」と気付いたんだ。
当時の僕は精神を病んでいて、肝不全も起こしていたから、遅かれ早かれ死ぬんだと思っていた。
でも、こんなに簡単に自分の命を投げ出してしまうことに罪悪感を覚えたよ。
結局、骨盤の左側を打って、3カ月松葉づえ生活を送った。
10日間入院して、3日間精神病院に入院した。僕は本当にラッキーだったと思っている。
その10:「仕事に行く方が怖い」
「怖いけど、明日、会社に行くほうがもっと怖い」。
その11:「死にたくなんかない、でも……」
「死にたくなんかない、でも死ななければ」と思った。
あと、色々と後悔の気持ちを感じた。
#自殺志願者は、死にたくなんかないんだ。
ただ、痛みを終わらせたいだけなんだ。
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「人の最期」に携わる人々が語る「不謹慎な」裏話
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葬儀の喪主が殺人事件の犯人だったということがあると、「遺族が悲しんでいるようには見えなかった」という証言が出てくるが、根拠としては弱いだろう。
というのも、「 #葬式躁病 」という言葉があり、遺族が妙にハイテンションに振る舞ったり、笑みが溢れたりすることはありえるからだ。
それは、悲しみに心が押し潰されないための脳の防御機能で、過電流によってブレーカーが落ちるようなものである。
では、遺族がそうやって悲しみを乗り越えるのだとすれば、最後のお別れの場を提供する葬儀屋や、故人を棺に納める納棺師、遺体が運び出された部屋の掃除をする特殊清掃員とは、どのように仕事に臨んでいるのか。
『葬儀屋と納棺師と特殊清掃員が語る不謹慎な話』(おがたちえ/竹書房)では、
葬儀屋でもある作者のナビゲートにより「遺族も目をそらす死の現実」へと足を踏み入れることとなる。
とはいえ、本書の葬儀屋の章は、比較的笑えるエピソードが多い。
葬儀屋の恋バナとして、葬儀後に男性社員が喪主に呼ばれて家に行ってみると、娘さんが一人で家におり、母親からの「娘をヨロシク」という手紙が残されていたなんてことは「よくある」のだとか。
定番の怪談ネタでは、斎場のエレベーターで1階のボタンを押したはずなのに、地下の霊安室まで行ってしまうという苦情が「よくある」のだそう。
葬儀の場で故人に隠し子がいたことがバレるのもありがちだが、とある会社の重役の葬儀では、多数のオネエな方々が参列して秘密がバレてしまったとか。
お葬式をテーマにした作品を撮った映画監督がいたように、やはり数えきれないドラマが展開されている様子がうかがえる。
映画『おくりびと』で一般に知られるようになった納棺師の章では、漫画でデフォルメされていても、読んでいて思わず死後硬直のようにページをめくる手が止まってしまった。
飛んできたマンホールが顔に激突した女性は「顔が縦一文字にめり込んだご遺体でした」とのことで、作者でさえ「か…描いててリアルに怖いんですが…」というくらいである。
ヤクザの葬儀で祭壇花のデザインを故人の刺青にちなんだ虎の模様でと依頼され、社員総出の徹夜作業で取り組んでみたものの、猫のようなチープなデザインになってしまったなどというネタが、どんなに一服の清涼剤となることか。
これが孤独死や殺人事件による部屋の清掃を請け負う特殊清掃員の章ともなると、キーワードは「腐敗」と「害虫」で、うっかり昼食を食べながら読んでしまったら、箸がまったく進まない。
この仕事は案外と命がけらしく、人間の腐乱臭は通常の清掃や除菌剤だけでは対処しきれないそうで、そのうえ近所迷惑になるため窓を開けての空気の入れ替えや日光にさらすこともできないことから、オゾン脱臭装置を使用するのだそう。
しかし、高濃度のオゾンは中毒死を招く危険な代物であり、作業には細心の注意を払うのだという。
食欲を失くすその内容は、興味半分で、しかも食べながら読んだことへの戒めなのかもしれないとすら思えた。
ところで作者の性格なのか趣味なのか、腐乱死体に「消臭令状」とか、肥満の遺体に「死亡のち脂肪燃焼」といった駄洒落でのツッコミがところどころに入るのを、最初は不謹慎すぎと思ったものの、後半になるにつれてこのノリが愉しくなってきてしまった。
今でこそ駄洒落は、オヤジギャグの別称のように蔑まれる扱いになってしまったが、昔は知性を競う遊びでもあったというから、不謹慎なネタを笑えるかどうかもまた知性を計るバロメーターなのではと言ったら言い過ぎだろうか。
ともあれ、この本が不謹慎で笑えないという人がいれば、謹んでお見舞い申し上げる次第である。
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